自分の声が聞こえる場所へ

人は、何かに直面したとき
必ずしも“答えを探している”わけじゃないんですよね。
ただ
自分の声が聞こえる場所に戻りたいだけ。
人といる時間は、どうしても
相手の期待、空気、役割を無意識に背負ってしまう。
それが悪いわけじゃないけれど、
静かな場所じゃないと見えないものも、確かにある。
考えごとって、
「何をどうすればいいか」を詰めていく作業のようでいて、
実はほとんどが
自分が何を大切にしたいかを確かめる時間なんだと思います。
答えは、急ぐほど遠ざかる。
時間が経つこと自体が、
感情を沈殿させて、
本音だけを残してくれるスパイスになる。
焦って結論を出さなくてもいい。
むしろ、出さない勇気の方が
ずっと誠実だったりします。
この1ヶ月の休暇で私が向き合っているのは、
「悩み」じゃなくて
姿勢なんじゃないかな、と感じました。
・人とどう距離を取るか
・どこまで踏み込み、どこで線を引くか
・優しさを与えすぎないことも、優しさだと知ること
・分かってもらうより、分かろうとする自分でいたいこと
誰かを選び直す時間ではなく、
自分の在り方を整える時間。
人との向き合い方って、
近づくことよりも
「離れ方」にその人の品が出る気がします。
無理に説明しない。
無理に分かち合わない。
でも、背中を向けているわけでもない。
その中間にある、
静かであたたかい距離。
ちなみに、
白藤はほとんど悩みありません。笑
ただ、
ちゃんと立ち止まって、
自分の声を聞く時間を大切にしているだけ
